トーキングエイドを使って
皆さん、こんにちは!!
私は飯田順子と申します。脳性麻痺という障害をもって生まれてきました。言語障害もあり、4歳の時、タイプライターをやり始め、養護学校時代にはワープロやパソコンも習ってきました。
トーキングエイドがあると知ったのは、小6の時。ほんのさわる程度で、本格的に使い始めたのは、高3の時でした。それまでは、友達が、私の言っている言葉を、ホームルームや授業の時でも通訳をし、何も不便さを感じていませんでした。しかし、1人で職場実習に行くとなると、相手に自分の言葉を伝えようと思っても、なかなか難しく、しかもトーキングエイドには慣れていなく、大変でした。
養護学校を卒業してからは市内の作業所に通所し、反省会などで発言するのに使うようになりました。つい短文になってしまい、「飯田さんが言うことがきつい」と言われ、話すことさえも苦痛になったこともありました。それからは気をつけながら、相手に分かってもらえるように心がけるようになり、今は仲間達と楽しく話しています。この頃は、土日は家に持ち帰り、電話機のそばにトーキングエイドを置き、1時間ぐらいは恩師や友人と愚痴や養護学校時代のことを話していました。
4,5年前、トーキングエイドITが出来たときは、自分専用の電話番号が持てると喜びました。ショートスティに行くときには必ず、持って行き、親や妹たちの声を聞いて安心したり、家に帰ってくると、職員の方に「明日まで○○をやっておいてください」と伝えたり、たいへん、重宝しています。しかし、残念ながら、D社のPHSサービスが終了し、W社に切り替えなくてはなりません。今までは、自由に電話をかけられたのに、W社のPHSカードは3件しか発信できなくなってしまい、不便さを感じているこの頃です。もっと自由にかけられるPHSカードを作ってもらえば、幸いです。
プロフィール
飯田 順子(いいだ じゅんこ)
| 1974年 | 東京都府中市に生まれ |
| 1978年 | 都立多摩療育園通園 |
| 1980年 | 都立府中養護学校に入学 |
| 1993年 | 社会福祉法人あけぼの福祉会府中共同作業所入所 |
| 2002年 | 当法人こむぎ工房異動 |



